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 校庭に面した窓から明るい陽光の射し込む、美術室。
 四時限目の授業も終わりを告げる鐘が鳴り、誰もいなくなったはずのその空間に一人の少年がいる。
 一台だけ立てられたままのイーゼルの上には、いまだ何の世界も構築されずに放って置かれた真っ白なキャンバス。何やらメモが一枚貼られたそのキャンバスには目もくれず、少年は先ほどからしきりに眉根を寄せていた。
「……うーん、なーんか違うんだよな……」
 本来ならば後ろにあるはずの椅子の背もたれへと顎を乗せ、向かい合っているのは教室後方の壁にあるスライド式の黒板。
 何かが違う、と少年は頭に浮かべる景色に首を振って、手にしていた白いチョークをそっと放す。
 と、
「おいっ、風真(ふうま)!」
 勢いよく外から窓が開けられたかと思うと、そこからぬっと笑顔が突き出した。
「まーだこんなとこにいた! メシ食った? メシ!」
「まだ」
「課題が終わんないの?」
「違うよ。俺が課題なんかにこんなに真剣になるかって」
 少年は黒板を見つめたまま、深いため息をこぼす。やがて、もたれかかっていた背もたれから体を起こすと、思い切り伸びをしてから立ち上がった。
「ちぇっ、三限の頭から考えてたのに、結局この続きが浮かばなかった」
「ああ、例の曲?」
 友人が窓枠に頬杖をついては訊ねてよこす。
 少年はうなずいて、置かれたままになっているキャンバスへと目を落とした。


片田くんへ
 どれか一つでいいから作品を提出してください。そうでないと、君の一学期の成績が出せません。期限は来週末までです。よろしくお願いします。
 なお、放課後、美術部の活動時間に作業をしてもかまいません。部員たちには僕から声をかけておくので、君は好きなときに美術室へ来てください。      美術科 大野


 貼られたメモを読んで、小さく舌打ち。
「提出期限、か……だから美術の授業ってキライなんだよ」
 露骨に顔をしかめて吐き捨てる少年へ、友人が笑う。
「仕方ないだろ。だいたい期限があったってなくたって、風真がまじめにやるとは思えない」
「そんなことねーよ。期限もテーマも自由っていうなら、張り切って描くさ」
「そうかぁ? でも、歌はメンバーに急かされながら書いてんじゃん。いついつまでにって、期限付きで」
「歌はいいの! 俺は歌うために生まれてきたんだからっ!」
「出たな、本音が」
 結局、おまえの頭の中にあるのは歌だけ。それ以外には働きたくないだけなんだろ、と笑う相手に、少年はまんざらでもない笑顔を返しながら近づいていく。
「いいから、そこどいて、工藤」
 上唇をぺろりと舐め、窓枠へと足をかけた。
 目の前に広がる、明るい校庭。
 照りつける強い日射しに、吹き渡る風。
 そこに在る世界を、じっとその褐色の瞳に焼きつける。
 そうして、
「片田風真、いっきまーすっ!」


 ぐっと足に力を込めて、窓の外へと一気に飛び出した。






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